源氏 物語 桐 壺 和訳。 源氏物語『桐壺』解説・品詞分解(1)

良人 ( おっと )も早く 亡 ( な )くしますし、娘も死なせてしまいましたような不幸ずくめの私が御いっしょにおりますことは、若宮のために縁起のよろしくないことと恐れ入っております」 などと言った。

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「それでは元服したのちの彼を世話する人もいることであるから、その人をいっしょにさせればよい」 という仰せであったから、大臣はその実現を期していた。 心のうちには、ただ藤壺の御有樣を、たぐひなしと思ひ聞えて、さやうならむ人をこそ見め、似るものなくもおはしけるかな、大殿 (おほいどの) の君、いとをかしげに、かしづかれたる人とは見ゆれど、心にもつかず覺え給ひて、をさなき程の御ひとへごころにかかりて、いと苦しきまでぞおはしける。

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かしこき仰言をたびたび承りながら、みづからは、えなむ思ひ給へ立つまじき。 ある日、冷泉帝の御前で「絵合」が催されました。

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その夜、おとどの御里に源氏の君まかでさせ給ふ。 いときびはにておはしたるを、ゆゆしううつくしと思ひ聞え給へり。 今やこの女性が一天下の 煩 ( わざわ )いだとされるに至った。

限りあれば、さのみもえ止め(とどめ)させ給はず、御覧じだに送らぬおぼつかなさを、言ふ方なく思ほさる。 今まで始終お世話を申していた宮とお別れするのが悲しいということばかりを未亡人は言って死んだ。 有識者はこの天才的な美しい小皇子を見て、こんな人も人間世界に生まれてくるものかと皆驚いていた。

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朝夕の宮仕えにつけても、そうした人々の胸をかきたてるばかりで、恨みを受けることが積り積ったためだったろうか、まったく病がちの身となり、どことなく頼りなげな様子で里下がりも度重なるのを、帝はいよいよたまらなく不憫 ふびん な者とおぼしめされて、他人の非難に気がねなさる余裕さえもなく、これでは世間の語りぐさとならずにはすまぬもてなされようである。 その年の夏のことである。 更衣の家のほうは 修理 ( しゅり )の役所、 内匠寮 ( たくみりょう )などへ帝がお命じになって、非常なりっぱなものに改築されたのである。

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源氏の君は、うへの常に召しまつはせば、心やすく里住 (さとずみ) もえし給はず。 風巻景次郎「源氏物語の成立に関する試論-下-缺巻耀く日の宮をめぐる問題」岩波書店編『文学』第20巻第5号、岩波書店、1952年(昭和27年)5月、pp. 日本大百科全書 15• 命婦かしこにまかでつきて、門 (かど) 引き入るるより、けはひあはれなり。

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帝はお胸が悲しみでいっぱいになってお眠りになることが困難であった。 『なくてぞ』とは、かかる折にやと見えたり。

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源氏の君は大層悲しまれ…… 父宮を亡くし、斎宮を退下された朝顔の宮に、今も源氏の君は想いを寄せておられます。 聞こし召す御心まどひ、何ごとも思し召しわかれず、籠もりおはします。

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